「 『歴史歪曲』今こそ中国は詫びよ 」
『週刊新潮』 '05年4月28日号
日本ルネッサンス 第163回
4月17日に北京の釣魚台迎賓館で行われた日中外相会談の模様は、中国外交の悪しき伝統を示すものだ。
中国の李肇星(りちょうせい)外相は堅い表情で「日本政府が台湾問題、人権問題、歴史問題など一連の問題で中国人民の感情を傷つけている」と突きつけた。
人権弾圧で国際社会から厳しく注文をつけられてきた中国政府から、選りに選って人権問題について批判されるなどとは、まさか、日本人は誰ひとり想像しなかったことだろう。
李外相はさらに居丈高に「これまで中国政府は一度も日本国民に申し訳ないことをしたことはない」と述べ、国営通信・新華社は中国国民に対して、町村外相が、過去の歴史について「再度、深刻な反省とおわびを表明した」と、全く虚偽の事実を配信した。だが日本側の謝罪と賠償の要求は伝えなかったそうだ。
情報を制限し、国民世論を操作する中国の手法は、国民の目に映る国際社会の姿と歴史を歪曲するもので、今も昔も変わらぬ中国の手法だ。
たとえば南京事件である。南京事件は大虐殺だった、虐殺は存在しなかった、否、真実はその中間にあるというふうに、意見は大きく三分される。学者たちの間でも、尚、決着のつかない同事件について、国民への正しい教え方は、意見の分かれている現状を教えることだ。しかし、中国政府は、30万人が虐殺されたと一方的に主張し、記念館を建設、生生しい展示を続ける。歴史問題で繰り返し非難される日本人は、中国の主張する“南京大虐殺30万人説”がどのように構築されたかを、この際よく知っておくべきだ。
南京事件は、日本を戦犯として裁くために南京と東京で行われた裁判によって確定された。南京の判決では殺害された犠牲者は34万人とされ、東京での極東国際軍事裁判では20万人以上とされた。
虐待30万人説の根拠
日本軍による“虐殺”の有力な証拠資料とされるものに、『マンチェスター・ガーディアン』紙の中国特派員でオーストラリア国籍のティンパーレーの『戦争とは何か─中国における日本軍のテロ行為』がある。同書は『外国人目賭中之日軍暴行』として中国語に翻訳された。
右の書の序文に楊明という人物が「(日本)帝国主義の強盗軍隊のすべての暴行は、決して偶然なものではない。すべて故意、全体的、組織的なものである」と書いている。これは日本軍の暴行は日本の国家意思によるものだと位置づけるもので、当時の蒋介石国民党政権の対日観そのものの見方である。また、同書には、「中国における戦闘区域内(上海・南京間)で少なくとも中国人兵士の死傷した数は30万人を下らない。また一般市民も、ほぼ同じであった」と書かれている。
ちなみに、ティンパーリーは南京戦当時、南京にいた事実はない。それにしても日本軍による南京大虐殺の根拠となった作品を著したティンパーリーとはどういう人物か。長い間の謎を解いたのが鈴木明氏の『新「南京大虐殺」のまぼろし』(飛鳥新社)であり、北村稔氏の『「南京事件」の探求』(文春新書)である。
両氏の研究によると、ティンパーリーは蒋介石の国民党が宣伝工作用に雇った人物で、国民党中央宣伝部の顧問だった。中央宣伝部の下には国際宣伝処が設けられ、南京事件に関しても暗躍した。その様子は、国際宣伝処長の曾虚白の自伝などに基づいて、次のように書かれている。
「日本軍の南京大虐殺の悪行が世界を震撼させた時、国際宣伝処は直ちに当時南京にいた英国のマンチェスター・ガーディアンの記者ティンパーリーとアメリカの教授のスマイスに宣伝刊行物の〈日軍暴行紀実〉と〈南京戦禍写真〉を書いて貰い、この両書は一躍有名になったという。このように中国人自身は顔を出さずに手当てを支払う等の方法で『我が抗戦の真相と政策を理解する国際友人に我々の代言人となってもらう』という曲線的宣伝手法は、国際宣伝処が戦時最も常用した技巧の一つであり効果が著しかった」(「南京事件の研究」)
“南京大虐殺”“30万人の虐殺”の話は、こうして創作されていったが、北村氏はさらに興味深い事実を指摘している。ティンパーリーの著書は、ロンドンのゴランツという出版社から出されており、同社は1936年に成立した左翼知識人の団体「レフト・ブック・クラブ」の出版元だったという事実だ。
中国人政府に雇われた学者が書き、左翼知識人の出版社から出された書物が「南京大虐殺、30万人説」の根拠となったわけだ。加えて、中国は日本の一連の行為は偶然ではなく、国家戦略に根ざした計画的行為であると主張した。そこに出現するのが「田中上奏文」である。
事実の歪曲を許すな
田中上奏文は、田中義一首相が天皇にあてて書いたとされ、日本が世界征服を成し遂げるための第一段階として中国の征服を主張したとされる内容だ。しかし、日本のみならず、米国でも欧州でも、『エンサイクロペディア・アメリカーナ』にも『ブリタニカ』にも、田中上奏文は「偽造文書」と解説されている。
しかし、今だに中国のみが「田中奏折(上奏文)」は本物で、日本が「支那を征服するため」計画した、その一例が南京事件だと位置づけ、「日本帝国主義の意図と世界に対する野心」を国民に教えているのだ。
南京事件はじめ、日本の中国進出を是と考える日本人は現在殆どいないであろうが、それでも中国の日本憎しの反日政策と教育には我慢の限界がある。もうひとつ、いま、南京の「大虐殺記念館」で英雄であるかのように大きく展示されているジョン・ラーベはその「ラーベ日記」の「ヒトラーへの上申書」のなかで南京での被害者について、「中国人は10万人といっているが、私は5、6万人と思う」と書いている。だが、このくだりも、中国語版では全て削除されていると鈴木氏は指摘している。歴史を歪めているのは日本ではなく、中国なのである。
折しも『ウォールストリート・ジャーナル』が4月11日の社説で厳しく指摘した。「天安門の虐殺には殆ど触れず、それは秩序回復のためだったとしか教えない」「朝鮮戦争は米国の帝国主義の侵略から始まった」、或いは、「米国のFBIは労働者弾圧に使われていると中国の教科書で教えている」、「歴史の解釈を見直すべきは中国指導部である」と。
日本は、好い加減にまっ当な主張を展開すべきだ。中国の反日暴力はウィーン条約に基づいて謝罪と賠償を求めるべきだ。歴史の歪曲のみならず、現在進行中の尖閣諸島及び東シナ海の領有についても、事実の歪曲を許してはならない。主張しない日本が国際社会で共感を得ることは金輪際ないのである。だから今こそ、中国に要求せよ、歴史の歪曲を、日本は許さないと。